(「藤由 越山師」CD解説書より)
                 
 かつて、縄文時代は、一万年以上もの永きに亘って続いたと言われています。当時の人々は、自然の恵みや気象の動きに神々の存在を感じておりました。そして、神のおられる自然への感謝と、更なる豊穣の祈りを、祭祀として行っておりました。祈りに応えて、神々がご降臨される神籬・磐境のある聖なる場所(齋庭)で、神々をお呼びするための祭具として、岩笛は吹奏されていました。
 
 『古事記』には、神功皇后ご自身が、ご神霊が御降りになる依代となり、仲哀天皇が琴を弾いてご神霊をお呼びする ― と言う記述がありますが、幕末・明治の神道学者・本田親徳翁は、この琴に替えて岩笛を使用し、神懸り(帰神術)の神道行法を行っております。親徳翁はこれを学会で発表し、岩笛は、現在も重要な宗教楽器として認められております。
  
 従来から岩笛は、自然石に巻き貝の出す酸によって穴が空き、その穴に唇を当て、“吹けば高音を発するもの ― ”と言われています。しかし、縄文の遺跡から、既に人工的に穿孔された岩笛も発掘されております。
  
 現在、この岩笛に就いて神道国際学会会長の中西 旭博士は、次のように述べておられます。
「ひろく、磐笛の扱い方に、既成の規則はない。それが活石であり、且つ、その穴が適切な広さと深さであれば、各自の笛吹く態度の工夫により、ついに高音に鳴り響き、さらに、一連の音楽ともなる。(後略)」
   
 その工夫によって、今回、尺八の名手・藤由 越山師が、たったひとつの穴の岩笛で、曲を吹くということに挑戦しました。我々神職が、祭祀を執り行なう際に吹く幽玄さの音色とは別に、岩笛が、“一連の音楽”ともなり得るというお手本を見せてくださっています。練習することによって、好きな曲がそれなりに音楽として表現できるというメッセージです。
   
 岩笛は、単調がゆえに奥が深い …・と、いえます。吹くときの感情で、哀切さも、激情も、軽快さも、素直に音色に現れます。今回の演奏には、新潟県の糸魚川河口において採取された「活き石」原石に、誰もが吹きやすいように穿孔された岩笛(天珠会謹製)が使用されております。今後、藤由先生始め岩笛愛好の皆さんが、それぞれの工夫で、それぞれの音楽を吹き鳴らし、岩笛が広く社会に啓蒙されることを期待しております。

(解説:天ノ岩座神宮 宮司  奈良 泰秀)