天ノ岩座神宮の磐座(いわくら)

 時折り、セミナーや講演会に招かれる。単独での講演や、パネル・ディスカッションの複数での参加など形態は様々だが、大体どこでも質疑応答の時間を取っている。質疑は、会場から直接質問を受ける場合や、質問票に記入して貰いその質問事項に沿って答えるなど、これも様々だ。当然いずれの場合であっても質問者に満足のいくような回答を与えなければならない。

 先日、群馬県在住で旧知の僧侶の方が主宰し、定期開催している市民講座が前橋市のホテルで開かれた。この市民講座は「生と死のフォーラム」・“豊かに生きる為に考えたい”をテーマに掲げている。私はそこで「神道と現代 - 古神道を生きる」というテーマで講演をさせて頂いた。講演のあと、少し長めに時間を取り質問を受けた。始めに頂いたのが「神道と古神道の違いは?」という質問だった。

 以前にもお伝えしたが、私共の研究会では教養目的を兼ねて新教派系の神職を養成している。ここでも同様の質問を受けることがある。古神道の概念はあとにするが、神道については私が学生時代に教わった小野祖教教授の見方が一般的と言える。

 小野教授は神道を「祭り型」と「教え型」の二つに分けている。祭祀中心の「祭り型」の類型に属するものを①皇室祭祀、②(伊勢)神宮祭祀、③(一般)神社祭祀、④民俗祭祀の四つに分類している。教義を持たない神道は外来の教えが入って来るまでは総てこの「祭り型」で、それにはいろいろな神話を伴っていることが多い。

 そして中国や朝鮮を経て道教、陰陽道、仏教などが入って来ることでそれらの影響を受け、「教え型」の神道の誕生を見る。小野教授はこの「教え型」を①前教派の歴史的教え型神道と、②教派性の現代の教え型神道、との二つに分ける。①の前教派の歴史的教え型としては更に“混合神道系”、“自主神道系”の二つに分けられ、混合神道系としては神仏習合(山王・両部・法華神道など)系、神儒一致説(朱子学・陽明学・水戸学など)系、陰陽道混合系などがある。また自主神道系としては混合説型自主神道(伊勢・吉田・吉川・垂加など)と、復古型純神道(真淵・宣長・篤胤など)などがある。②の教派性の現代の教え型神道は、いわゆる明治政府に独立布教を認められた教派十三派と、新教派系(戦後独立した教派型の神道諸派、新創唱の教団を含む)に分けられる。

 これらの分類法に無理は無い。現在、この説は一般的な神道学上では揺るぎないものとなっている。

 また、小野教授は神道の伝統に視点を変え、成立伝統上の分類として、以下の六項目に分けている。当然それは、祭祀中心の「祭り型」と、「教え型」より成立している。それは①皇室祭祀神道、②神宮祭祀神道、③神社祭祀神道、④教派神道(十三派)、⑤新教派神道、⑥民間習俗的神道の六つである。但しどうゆう訳か、この中に先の混合神道・自主神道系を含まない。

 このような小野教授の六項目の分類法に対し、以前、私共のセミナーで講演をして頂いた大正大学の藤井正雄教授のように、①神社神道、②教派神道、③民間信仰、の三項目で括っている場合もある。

 私は小野教授の分類を参考にしつつ、小野教授とは異なった以下のような六項目で神道の流れを捉えるよう指導している。それは、①皇室祭祀神道、②伊勢の神宮を含む神社祭祀神道、③習合・学派・教派神道、④新教派神道、⑤民間民俗(習俗)神道、⑥沖縄(琉球)神道、の六つである。

 各々についての説明は必要がないと思われるが、この②のように、神宮と一般神社を集約し、“神社神道”と一つに括ることについて異論はない筈だ。また③については、神仏・神儒といった習合、四大人を始めそれぞれが唱えた学派、それに教派を加えて一つのジャンルとして良いと私は捉えている。⑤はアイヌの習俗などを含むが、この六つの分類法の特徴としては、⑥に沖縄神道を加えたことだ。この沖縄の神道を日本神道の範疇に入れることを助言してくれたのは、古神道講座の講師をお願いしていた菅田正昭氏だが、或いは異論を唱える方がおられるやも知れない。

 日本の神道は基本的に稲作農耕を基盤としている。現在、小学校の歴史教育は本格的に水田稲作が普及した弥生時代から始められているが、神道は大まかに言ってこの弥生以降の信仰を伝えている。ここには当然稲作を持ち込んだひと達の伝承や文化や信仰が混入している。更に神道はときが経つとともに伝えられた道教・儒教・陰陽五行思想の影響を受けるが、仏教が入って来たことで大きな変容を見る。以前にも述べたが、それまで磐境や滝や山といった神籬に降臨されていた神々は、仏教の寺院に倣って建てられるようになった社殿に鎮座するようになった。その形態はいまに続いている。 

 小学校の歴史が取り上げない弥生以前の縄文時代は、一万年以上の永きに亘る。縄文の人々は森羅万象総てに神々が宿られるのを感じ、神が坐す自然と共に生きてきた。神に感謝し或いは畏怖する「祭り型」の原点は、この縄文の信仰にある。縄文が日本の精神史に組み入れられていないことを嘆いた識者がいたが、一万年という時間の厚みの中で原日本民族と日本語が形成されていく。その後、縄文人は渡来した弥生の人々と融合し国家を成立させ数々の歴史を重ね現在に至っている。

 古神道の定義については、どの時代まで遡るのかといった意見が色々とある。儒教や仏教が伝わる以前の信仰を古神道とする見方。或いは弥生文化が入る前にあったのが古神道とする見方など様々である。古神道の源流を縄文に見るのは当然としても、あえて特定の時期に限った捉え方をしなくても良いのではなかろうか。日本人の心性の基層にある自然との共生、大地の恵みへの感謝といった感情に気付かされるとき、各々の心の中にあるのは紛れもなく古神道の精神であるのだから。

(奈良 泰秀  H16年6月)