神職養成講座

 私共の研究会では、二ヵ月に一度開催しているセミナーや華道講座のほかに、“精神(こころ)と作法(かたち)を学ぶ”を標榜する新教派系の神職養成を兼ねた少人数制の古神道講座を開催している。数名単位で行なう寺子屋式とでもいうような不定期の開講だが、受講されるのは東京近郊よりわざわざ地方から来られるひと達の方が多い。微々たる人数でも、回数を重ねることで受講者は百名を越えた。手前味噌になるが、いまのところ、講座の趣旨や内容等に対して批判がましいことは一件も寄せられていない。マスプロではない、膝と膝を接しての心を通わす手造りの講座の良さを実感している次第だ。

 受講する三人に一人は女性だが、受講者の経歴などは実にさまざまだ。単に岩笛や古神道に興味を持つ者から始まって、ヨガやカウンセリングや占いのグループなど自分の組織をもつ者、小規模ないしは中規模の教団の後継者や幹部、諸教の範疇にはいる神道系の教団に奉職している者、単立法人の神社の宮司職と、幅広い。講義の課目には陽明学や学術的な風水学、言霊学なども取り入れているが、受講目的は、神道の知識を得るため、有職故実などの教養のため、或いは祭式の行事作法の習得、行事作法の見直し、といったようにこれもまた様々だ。

 私は講座について訊ねられると、神への真摯な思いの奉仕精神が、神事の行事作法に顕われると思っている、と答える。この講座がモットーとする“こころとかたち”を車の両輪と見る由縁だ。

 近年、一般の神社で神職達の形だけの作法が指摘され、心の不在を多々耳にする。また、新教派系や新宗教系教団にあっては、教祖や教えへの想い、教恩に重きを置くことで、祭事の形をややもすれば軽んじているようにも思える。伝統宗教・新宗教を問わず、こころとかたちのバランスが取れてこそ、その宗教の発展が見られるものと信じる。

 講座は講座開始奉告祭から始まるが、授業の冒頭に毎回言うことある。“神様を利用して商売してはいけない。”“今までの知識のみに捉われてはいけない。”そして神道の持つ中庸性を、伊耶那岐命の禊祓などからも読み取れることを教える。

 黄泉国から逃れて来た伊耶那岐命は“筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原”に着かれ、身に着けていたものを脱ぎ捨て水中に入り禊祓をするが、“上流は水の流れが速い。下流は流れが緩やかだ”と言い、流れの程良い“中つ瀬”に入り身の穢れを洗い清められた。上流は流れが早く足を取られる。下流は流れはゆっくりだが深くて足がつかない。それで中つ瀬に入り身を清められる。過激でも冗漫でもなく、伊耶那岐命が中つ瀬を選ばれたことに神道の中庸を識らなければならない、といったことを伝えている。

 講座のなかでたまに質問されるのは、神道と古神道の違いとは何か、ということだ。

 そもそも神道は始めから“神の道”という概念や名称があった訳ではない。『古事記』の序文に、(天武天皇は我が国固有の)「神理を設(ま)けて俗(ならはし)を奨(すす)め」とある。この神理とは神の道のことで、“神の道を復興して良俗を奨励し、”と言う意味だが、良く神道の文字の初見で引き合いに出されるのが『日本書紀』の用明天皇の項。「(用明)天皇佛法(ほとけのみのり)を信(う)けたまひ、神道(かみのみち)を尊(たふと)びたまふ」。この場合、仏教との違いを区別するために、古来からの固有の神々を崇尊する道として、神道という語を使ったものだ。

神籬式の祭壇

 また、古神道とは江戸時代以降の言い方だが、現在でも確たる定義づけはなされていない。一般的には三世紀の儒教、六世紀の仏教伝来以前の信仰を、古神道としている。だが私は、農耕民族のために成立した現在の神道ではなく、農耕が行なわれるそれ以前にあった固有の信仰が、古神道であると考える。それは人々が狩猟生活を送っていた縄文期の信仰まで遡る。当時の人々が自然の摂理、天運の循環のなかに生命の永遠性を見出し、大自然と神と共に生きて来た精神生活の基盤こそが古神道であり、現在の神道の源流がそこにあると思う。

 神を祀るのには“神籬式”と“鎮座式”がある。仏教が入って来て寺院が建てられ、それに倣って神社も建立されるようになる。そして神々はその神社に鎮座するようになるがこれが鎮座式で、それ以来その形態が定着し、現在の神社神道に続いている。それ以前は、神は岩境などの神籬に降臨し、人々の神事が終われば元の御座に帰られるという神籬式で行なわれて来た。この縄文期からの神籬式の信仰を古神道とする見方は、ある意味で正しい。だが、この神籬式での神事も、稲作を持ち込んだ農耕民のためにも行なわれたことは間違いない。現在、神社に奉職する神職が臨時に依頼される外での地鎮祭などでは、神籬式の祭事を執り行う。古神道のかたちが今日に残っている例だ。

 かたちといえば先に云った「こころの顕現が姿態となる」とは常々、受講生に伝えていることだ。神に奉仕する至誠の精神が、形として表現されるのが祭式の行事作法だ。

 中庸を得た自然の姿の作法が望ましいとされているが、私は短期間で祭式の行事作法を習得させるのに、小笠原流弓馬術礼法の基本の六作法にヒントを得た。長い年月をかけて探求された作法の基本は、僅か、座る・立つ・歩く・持つ・回転する・お辞儀する、の六動作に集約されている。作法は点であり、この点を組み合わせる事で一つの行事を行なうことが出来る。更にこの一つ一つの行事の順序・次第を正しく立てることで大祭、小祭、臨時祭といった内容の異なる祭式が執行出来る。余分なものを削ぎ、短い期間で行事作法を教えるのは楽なことではないが、日常の基本的な六作法をこのように画期的とも思える祭事の指導法に取り入れた例を聞かない。六動作指導法の選択は正しかったと思っている。しかし、立つ、という作法一つ取っても、“立ち方三年”といって立つ 作法がサマになるのに三年が必要、という喩えもまた、受講生達に伝えている。

 いずれにしても“こころとかたち”のバランスを取るのは難しい。

(奈良 泰秀  H16年10月)