尾曳稲荷神社

 神社は、宗教法人・神社本庁傘下の七万九千余のほか、他の包括法人傘下の神社、単立系、法人格未取得の神社などを合わせると十三、四万社あると言われている。その内の約四万社が稲荷社という。この稲荷社の分霊が、企業のビルの屋上や工場、商店や個人の屋敷で邸内祠などに祀られる風景はよく見かける。だがそれらの数となるとつまびらかでない。

 稲荷社は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祭神とする神道系の伏見稲荷系と、稲荷神の本体はインドのカーリー女神の侍女が変じた茶吉尼天(だきにてん)とする仏教系の、曹洞宗の豊川稲荷系、法華宗の最上稲荷系などに大別される。初め、神道系の稲荷神は、農耕を拡めた秦氏の氏神のとして祀られ、のちに東寺の鎮守となる。それが時代とともに稲荷神と言うと狐をイメージされるようになる。それは稲荷神の使いをする狐が、時には稲荷神に代ってさまざまな働きや神徳を与えてくれる霊獣として扱われるようになった民間信仰に拠る。さらに狐の神霊は、宇迦之御魂神とは別に、命婦神(みょうぶしん)という神として祀られるようにもなる。命婦とは宮中の女官の名称で五位相当の官位。霊狐にこれを用い、伏見稲荷にも「白狐社」に神として祀られる。これが稲荷神は狐といった混同を招くようになっていった。その信仰形態は現代にも引き継がれている。

 霊狐にまつわる話しは実に多い。だが、稲荷は怖いという想いも一般的にはあるようだ。報道関係者から直接聞いた話がある。

 伊豆のゴルフ場建設の際に重機が稲荷を祀る祠を引っ掛けてしまった。数日も経たないうちに重機の運転手と作業員が、事故と急な身体の変調を訴え相次いで亡くなったそうだ。神社に三度もお祓いを頼んだが、結局その後、四人が病気などで廃人のような再起不能になり工事も半年以上遅れたという。

 師の溝口似郎先生の許で稲荷について見聞きしたことも数多くある。信じて貰えるかどうか判らないが、私自身も深夜の遷座式で実際に何度か霊狐の姿を見たことがある。霊能者の師からは、霊視などに拘ることはない、だが、その場の正確な“気”を察することは必要だと言われた。そのための修行は武芸者の道を究めることにも通じる。私も多少の修行を積んだことで変った経験も出来たものと思う。

 館林市での体験 ―。知り合いの遠縁筋が工場用地に転用するので農地を取得した。その一角には昔からあった稲荷の祠。解体のための祓いを頼まれた。館林には真言密教系の教団で熱心に修行をしている友人が居て、館林は霊狐の力の強い土地だと言う。戦国時代この地方の豪族が、助けた子狐の親狐にこの地を教えられ城を築いた。その時に狐が尾を曳きながら縄張りをしたので、完成した城は尾曳城と言われたとか。後に押し寄せた敵の大軍にも城は落ちず、鬼門に祀った稲荷神の加護が信じられるようになった。尾曳稲荷神社の由来だが、一説には狐の保護のため犬を見つけると撲殺したと言う。友人からはそんな土地柄だから高を括ると狐に負けるよ、との忠告。

 深夜の暗闇のなかで蝋燭を灯して祈祷を始めると、祠のなかに霊狐の気配が感じられない。既になかは空で、霊狐はだいぶ前に立ち去ったようだ。すると間もなく、祠を通して数匹の動物の光る眼が見えた。野狐だろうが栄養も足りて威勢がいい。威嚇するわけでもなく、左右を行き来してこちらの様子を探っている。修法でこれを立ち退かせ姿がないのを見計らい、ハンマーを持って来させて真夜中の解体を始めた。霊狐の話しが出ると、館林には暴走族のような狐がいるよ、と笑い話にしている。

競売物件の祈祷

 競売物件の情報誌を発行している知人がいる。四、五人で始めた事業だが、現在では数十人規模の会社に成長している。時折この会社を通して神事の依頼をされる。祀り方が悪くてご利益を戴けなかったのか、競売物件のなかには稲荷の祠が付いているものもある。最近は研究会の活動が忙しくて神社を紹介しているが、出向いたほうが良いと判断する場合もある。当然のことだが、競売物件には人間のしがらみや因縁を感じさせるものが多い。

 埼玉県に近い多摩地区の、飲食店を数店舗経営していたオーナーの住宅でのこと。景気の低迷で事業は傾いていたが、経営を手伝っていた奥さんがガンで死亡した。その後間もなく、小学生になったばかりの一人娘が交通事故で後を追うように亡くなった。悲観したのか、オーナーは従業員に給料も払わず売上金などを持ち逃げして行方不明となった。従業員たちはローンの残る広い家を占有していたが、排除されて競売となったもの。

 落札した不動産業者は、短期間に見栄えよく改装し、転売して利益を挙げるのが通例。だがいつも頼んでいる職人が残業もせずろくに動かない。聞くと、辺りが暗くなってくると亡くなった女の子らしい亡霊が現れ、二階から階下を見下ろしているという。日を決めて伺うと言うと、“あのー、こうゆうの保証期間というのあるのでしょうか…?”、と不動産業者の担当者。初め言っている意味が解らず聞き返すと、どうやら二度と亡霊が現れない保証の期間ということが判り、不動産屋サン的発想には思わず吹き出してしまった。“ええ、もしまた現れたら出なくなるまで行ってあげますよ”。勿論一度で事が足りて二度と行くことはなかったが、このような場合の迷える霊は可哀想だ。これを救うのはやはり宗教者の務めだろう。

 悲惨な例もある。同じくJR中央線・多摩地区の二百坪近くある大きな中華料理店の競売物件。駅から徒歩十数分ほどの広い道路に面し、立地条件も良さそうな二階建。借入金の返済が出来ず競売に付されたもの。店内の二階で経営者が首を吊って自殺したそうだ。夜に現地に出向くと、不動産会社の社員が数人待っていた。既に建物の電気や水道は止められている。祈祷の場所を決めるので、と気味悪がる社員たちに真っ暗な店内を懐中電灯の光で案内して貰う。ふと一階の厨房に変な気が漂っている。ここでは何か?…、と訊ねると社員同士が顔を見合わせ、実はこの場所でも親御さんもガス管を咥えて自殺していると云う。自殺者が二人もいては玉串料も余分にしなければとでも思ったのか、黙っていたらしい。祈祷を始めようとすると、揺らぐ蝋燭の灯火のなかに怯えた社員たちの顔が浮かんでいる。僅かな物音にも引きつった声で辺りを見回す。私共の霊魂に関わる神事は夜間に行ない独自の経文と修法を用いるが、このような時にはつい師の口癖だった言葉が出る。“死んだひとの霊はまだ怖くありませんよ。迷いや執着や怨念を解いて行く処に導いてやればいい。何倍も怖いのは生きた人間の生霊ですよ”。

(奈良 泰秀  H18年4月)