神葬祭は日本古来の信仰に基づいた葬儀といえます。故人を祖霊のもとへ送り、家の守神となってもらうための儀式です。

葬儀は故人のためだけに行う儀礼ではありません。葬送の儀式のうちに残された人々が“死”を受け止め、別れに対し心の準備を整えます。

当研究所では創立以来、神道文化啓蒙の一環として神葬祭の普及に努めてまいりました。私共は日本人の根底にある真の祖霊信仰の精神性を呼び戻し、いま主流となっている形骸化した葬儀を見直し、簡素にして荘厳な神道葬祭の復権を世に問おうと思っております。

日本の古い葬儀の様式

日本の古い葬送儀礼の様子を、『記・紀』のなかでうかがい知ることができます。

私たちの祖先は仏教伝来以前から、死者を弔う儀式を行っていたのです。

・『日本書記』 伊弉冉尊
伊弉冉尊、火神を生みたまふ時に、灼かれて神退去りましき。故れ 紀伊國の熊野の有馬村に葬(かく)しまつる。土俗(くにびと)此(こ)の神の魂(みたま)を祭るに、花時(はなあるとき)には、亦花(はな)を以(も)て祭り、又 鼓吹幡旗(つづみふえはた)を用て歌ひ舞ひて祭る。
※ 土俗   土地の人々

・『古事記』 天若日子
故れ、天若日子が妻 下照比賣の哭かせる聲(こえ)、風のむた響きて天に到りき。是に天なる天若日子が父、天津國玉神(あまつくにたまのかみ)、また其の妻子(めこ)ども聞きて、降り來て哭き悲しみて、乃ち其處(そこ)に喪屋(もや)を作りて、河雁(かはがり)を岐佐理持(きさりもち)とし、鷺(さぎ)を掃持(ははきもち)とし、翠鳥(そに)を御食人(みけびと)とし、雀(すずめ)を碓女(うすめ)とし、雉(きざし)を哭女(なきめ)とし、如此行ひ定めて、日八日夜八夜を遊びたりき。

※ 岐佐理持     死者の食物を頭上に載せ、棺の傍に従い行く者
※ 掃持      喪屋を掃除するために、箒を持って行く者
※ 御食人     喪屋で死者に饌を供へる者
※ 碓女             死者へ供へる米をつく女
※ 哭女             葬送の時の泣き女
※ 日八日夜八夜      幾日も幾夜も

神葬祭の推進

現在のお盆やお彼岸の習俗は、6世紀に伝来した仏教が我が国古来の祖霊崇拝を取り入れ、お盆やお彼岸といった、日本独自の仏教行事に発展させたものです。私共は日本人の精神性の基底にある神道に基づいた神道式葬祭を社会に伝え、さらに広めていきたいと努力しております。

いま、喪主を務める主流は団塊世代です。終末思想が多様化するするなか、直葬や樹木葬や散骨という形態と共に神道式の葬儀も増えています。増加の理由は、少子高齢化で、葬祭で確認しあった地域共同体の崩壊、寺と檀家との関係の希薄化、戒名は不用の意識の変化、さらに従来型の仏式より葬儀費用が掛からず神道儀礼の厳粛さと尊厳性が見直された結果と思われます。

神葬祭を推進する神職の会では、神職養成講座の受講生二百数十名を中心に、神葬祭を広める意欲ある神社の神職、神道系葬儀を執り行う教団の祭事担当の祭員と協調し、葬祭奉仕のための祭事講習を開催しております。