トピックス

神式葬儀(神葬祭)について

日本の古い葬儀の様式

神葬祭の推進

神道と仏教 葬儀の違い

葬儀・死生観の違い

諡 と 戒名(法名・法号)

家庭での祀り方

葬儀を行う施設

墓所・墓石

遺族・弔問の作法

祭詞とお経

■  神葬祭の流れ

古来の「死の文化」に目覚めよ 世界日報掲載記事 (平成22年8月29日)

奈良泰秀 連載コラム 宗教新聞掲載(2003/12 ~ 2008/4)  

 イスラームの生死観   -終末には肉体を持って復活- 2003/12/5・20合併号
 伊勢の神宮と遷宮    -清浄さと永遠性の意義を伝える- 2004/1/20号
 祭りの創出      -渡来系の影響色濃い神社と新しい祭り- 2004/2/5号
 磐座(いわくら)祭祀の意義  -自然と神と ひととの共生- 2004/2/20号
 戦没者慰霊と神秘体験  -頭を垂れる英霊の姿- 2004/3/5・20合併号
 時代が変える葬送儀礼  -神道葬祭、微増の兆し- 2004/4/5号
 古史古伝の世界(上)   -判官びいきに通ずる想い- 2004/4/20号
 古史古伝の世界(中)   -宗教書としてのアピールを- 2004/5/5号
 古史古伝の世界(下)   -「先代舊事本紀」を再検討- 2004/5/20号
10  秋田・唐松神社にて    -物部の神の復権- 2004/6/5号
11  神道と古神道        -古神道精神の復権に向けて- 2004/6/20号
12  宮中三殿           -宮中祭祀神道の意義- 2004/7/5号
13  華道講座に想う    -神籬(ひもろぎ)華道の創設に向けて- 2004/7/20号
14  夏、フラワー・チルドレンの回想 -師が勧めた戦没者慰霊- 2004/8/5・20合併号
15  朝鮮神宮のこと      -「檀君国師堂」建立に向けて- 2004/9/5号
16  日本の麻について    -麻文化の復権- 2004/9/20号
17  精神(こころ)と作法(かたち) -手造りの古神道講座- 2004/10/5号
18  新宗教と埋没神(上)    -甦る伊都能売神- 200/10/20号
19  新宗教と埋没神(中)    -古事記に一度出現の伊豆能売- 2004/11/5号
20  新宗教と埋没神(下)     -伊都能売神社の建設を- 2004/11/20号
21  祓えと大祓え(上)      -罪と穢れについて- 2004/12/5・20合併号
22  祓えと大祓え(中)      -穢れと大祓え- 2005/2/5号
23  祓えと大祓え(下)      -再興させたい臨時の大祓え- 2005/2/20号
24  大祓詞と天津祝詞の太祝詞(上) -混同されている大祓詞- 2005/3/5号
25  大祓詞と天津祝詞の太祝詞(中) -宣命体と奏上体- 2005/3/20号
26  大祓詞と天津祝詞の太祝詞(下) -平田篤胤の天津祝詞- 2005/4/5号
27  大祓詞と天津祝詞の太祝詞(続・1)-伝わらない太祝詞事- 2005/4/20号
28  大祓詞と天津祝詞の太祝詞(続・2)-行事からみたい太祝詞事- 2005/5/5号
29  空手道部の合宿       -元伊勢への関心- 2005/5/20号
30  元伊勢ロマン‥        -「倭姫命世記」の伝承- 2005/6/5号
31  元伊勢の伝承の源流(1)      -伊勢神道と神道五部書- 2005/6/20号
32  元伊勢の伝承の源流(2)      -偽書説と歴史ロマン- 2005/7/5号
33  元伊勢の伝承の地・奈良(1)   -倭姫命世記から派生- 2005/7/20号
34  元伊勢の伝承の地・奈良(2)   -諸説ある笠縫邑- 2005/8/5・20合併号
35  元伊勢の伝承の地・奈良(3)   -信仰心が伝承を土着化- 2005/9/5号
36  「シオン長老の議定書」の背景   -創られた予言と警告の書- 2005/9/20号
37  宇宙神教光明会           -元気を取り戻す新宗教- 2005/10/5号
38  近代神社神道・雑感(上)        -神仏習合からの脱皮- 2005/10/20号
39  近代神社神道・雑感(中)        -国学者たちの蠢動- 2005/11/5号
40  近代神社神道・雑感(下)        -大教宣布のゆくえ- 2005/11/20号
41  国学の巨星・本居宣長(上)      -南都・松坂にて- 2005/12/5・20合併号
42  国学の巨星・本居宣長(中)      -少年時代の宣長- 2006/1/20号
43  国学の巨星・本居宣長(下・一)    -もののあわれ- 2006/2/5号
44  国学の巨星・本居宣長(下・二)    -桜好きの宣長- 2006/2/20号
45  岩 笛 (上)      -縄文の岩笛- 2006/3/5号
46  岩 笛 (下)      -神代の楽器・岩笛- 2006/3/20号
47  清 祓 い (上)    -霊能者の師- 2006/4/5号
48  清 祓 い (中)    -競売物件の怪- 2006/4/20号
49  清 祓 い (下)    -『笑翁』異聞- 2006/5/5号
50  ハタミ大統領への手紙 (上)   -右傾化するイラン- 2006/5/20号
51  ハタミ大統領への手紙 (下)   -宗教間対話の推進を- 2006/6/5号
52  番外編 五十代からの神道 (1)   -アラブへの旅立ち- 2006/6/20号
53  番外編 五十代からの神道 (2)   -イン・シャー・アッラー- 2006/7/5号
54  番外編 五十代からの神道 (3)   -神職養成の見直し- 2006/7/20号
55  番外編 五十代からの神道 (4)   -チュニジアの空手格闘家- 2006/8/5・20合併号
56  番外編 五十代からの神道 (5)   -旅人のゆくえ- 2006/9/5号
57  番外編 五十代からの神道 (6)   -世界に発信する神道を- 2006/9/20号
58  沖縄縣護國神社   -沖縄戦没者の慰霊- 2006/10/5号
59  台湾の神社と忠烈祠(上)   -総統が祭典の主祭者に- 2006/10/20号
60  台湾の神社と忠烈祠(下)   -大半が能久親王を奉斎- 2006/11/5号
61  神社の伝承(上)   -日本最古の石上神宮- 2006/11/20号
62  神社の伝承(中)   -鎮魂祭の起源- 2006/12/5号
63  神社の伝承(下)   -足踏み・歩行の呪術- 2006/12/20 号
64  元伊勢原像(一)   -廃村に立つ石碑- 2007/2/5 号
65  元伊勢原像(二)   -水銀をめぐる闘い- 2007/2/20号
66  元伊勢原像(三)   -ミステリアスな丹生都比売神- 2007/3/5号
67  元伊勢原像(四)   -『先代舊事本紀』と『倭姫命世記』- 2007/3/20号
68  元伊勢原像(五)   -製鉄史で読み解く神道- 2007/4/5号
69  元伊勢原像(六)   -神宮“創祀二千年”と古代暦- 2007/4/20号
70  元伊勢原像(七)   -元伊勢伝承と壬申の乱- 2007/5/5号
71  元伊勢原像(八)   -見直し進む古代史- 2007/5/20号
72  元伊勢原像(九)   -百数十もの比定地が- 2007/6/5号
73  元伊勢原像(十)   -伝承の起点、笠縫邑- 2007/6/20号
74  元伊勢原像(十一)  -伊豆加志本宮から紀伊へ- 2007/7/5号
75  元伊勢原像(十二)  -紀氏と日前國懸神宮- 2007/7/20号
76  元伊勢原像(十三)  -広い範囲の名方濱宮- 2006/8/5・20合併号
77  元伊勢原像(十四)  -三たび倭への遷幸- 2007/9/5号
78  元伊勢原像(十五)  -御室山に坐す神- 2007/9/20号
79  元伊勢原像(十六)  -樋口清之博士と箸墓古墳- 2007/10/5号
80  元伊勢原像(十七)  -内行花文鏡と製鉄- 2007/10/20号
81  元伊勢原像(十八)  -殉葬の古代史- 2007/11/5号
82  元伊勢原像(十九)  -謎の大物主神- 2007/11/20号
83  元伊勢原像(二十)  -古代への憧憬- 2007/12/5・20合併号
84  番外編 聖地エルサレム  -宗教間対話で中東平和を!- 2008/2/5 号
85  元伊勢原像(二十一)  -三輪から宇陀へ- 2008/2/20号
86  元伊勢原像(二十二)  -伝承をつくる倭姫命- 2008/3/5号
87  元伊勢原像(二十三)  -そして伊勢へ‥‥- 2008/4/20号


月ごとに代表的な行事や風習を取り上げ、それらを生み出した日本の文化について解説していきます。

奈良泰秀 連載コラム 世界日報掲載(2009/1 ~ 2009/12)

 睦月  清浄な家で年神を迎える -お焚き上げは送りの祭り- 2009/ 1/4 掲載
 如月  節分は四季を分ける日 -希望の春を迎える祭り- 2009/ 2/1 掲載
 弥生  中国伝来の桃の節句 -お彼岸は日本独自- 2009/ 3/1 掲載
 卯月  釈迦の誕生祝う花祭り -全国で300超の神楽・郷土芸能- 2009/ 4/5 掲載
 皐月  中国では忌み慎む月  -邪気祓い、無病息災願う- 2009/ 5/3 掲載
 水無月 旧暦月名との違い実感  -夏越の祓えで穢れを除く- 2009/ 6/7 掲載
 文月  山開きなど行事多く  -伝統と習俗混じり七夕に- 2009/ 7/5 掲載
 葉月  根強い盆の風習  -贖罪の中元は盂蘭盆と習合- 2009/ 8/2 掲載
 長月  中国伝来の「重陽」・「月見」 -「望月」が転訛し「餅つき」に- 2009/ 9/6 掲載
10  神無月 元来は神を祭る月 -留守神に恵比寿神なども- 2009/10/4 掲載
11  霜月  日本の風土を象徴 -最も変化のある月- 2009/11/1 掲載
12  師走  冬至に無病息災祈る -1年の締めくくりの月- 2009/12/6 掲載
阪神タイガース 必勝祈願祭祝詞 画像をクリックすると拡大します ↓
何年か前に阪神ファンが集まる東京・東中野の居酒屋で、開幕にあたって「阪神タイガース必勝祈願」を執り行った際の祝詞。
地鎮祭祝詞 画像をクリックすると拡大します ↓
一般的な地鎮祭の祝詞
宅神祭 清祓祈願祝詞 画像をクリックすると拡大します ↓
霊的な障りがあるのでないかと心配されるご家族の為、清祓祈願を執り行った際の祝詞。
建屋解体祝詞 画像をクリックすると拡大します ↓
一般的な建屋解体祝詞
「大いなる信州麻展」 開始奉告祭 画像をクリックすると拡大します ↓
平成二十一年八月十六日 長野市立博物館で執行した、「大いなる信州麻展」開始奉告祭の祝詞です。
「松尾不動尊祭」復興祭奉告祝詞 画像をクリックすると拡大します ↓
開祖のお孫さんにより、63年ぶりに松屋不動尊祭りを平成22年9月10日に復興。鎮座地は中川郡美深町恩穂山。依頼され代表が祝詞を作成したものです。
葬場祭 祭詞(例) 画像をクリックすると拡大します ↓
葬場祭とはお葬式のことです、 葬場祭では祝詞とはいわず祭詞といいます。祭詞には故人の経歴や趣味なども入れます。

 

大祓祭での奉納舞

  

 「お祓い」という言葉は、よく耳にすることがありますが、もともとどういう意味なのでしょうか。

 むかし書かれた本の『神道名目類聚抄』には「祓とは、つつしみの義なり。 邪念発れば是を除、あやまりては即改、不浄なれば是を去。(中略)風、梢の塵を拂、水、物の垢を洗ふが如し。(後略)」とあります。 つまり、祓の目的とするところは、不浄を清浄に、不完全を完全に、不良を善良にすることとされ、さら更には災厄を除き、幸福と平和とをもたらすことにあるのです。この祓という神事は、他の宗教にはみられない、日本神道(にっぽんしんとう)のみで行われる独特な行事なのです。

 そして大祓とは個人を対象にした祓ということではなく、全体、公という意味の「大(おお)」、 いわば天下万民、社会全体の罪穢れ、災厄を取り除く為の祓ということで「大祓(おおはらえ)」といわれております。ですから悪疫が流行したり天災などの異変があったとき、或いは天皇崩御の際や大嘗祭のときなども行なわれてきましたが、恒例としては、六月、十二月のみそか晦日に執り行われてきました。

 この大祓の起源は、いつ頃なのか詳しい事は判りませんが『日本書紀』や『古語拾遺』の記述からみて、既に上代の頃から行なわれてきた儀式のようです。 そして、国家の制度が成立したとされる大宝令(約千三百年近く前に成立)の頃に、国家の、社会全体の為の行事として定められ、六月、十二月に決って行なわれるようになりました。

 その頃、我国の暦の制度では一年を二季に分けていたようで、つまり一月から六月までを一年、七月から十二月までは別の新しい年といった感覚でとらえていたのです。 つい最近まで、我々の生活のなかで盆と正月前にそれ迄の決算をするという習慣はその名残りなのです。 ですから六月晦の大祓祭は、六月祓、夏越祓または夏越節句とも言われ、年の境目といった重要な儀式とされておりました。 一時期、十二月晦日の大祓が途絶えて、六月(みなづきの)祓(はらえ)のみが行なわれていたこともありましたが、明治の初めに旧儀復興の布告が出され、現在でも古い伝統に基づき、前半歳と後半歳にこの大祓の儀式が執り行なわれております。私が宮司を務めております、天ノ岩座神宮では古儀に則り、この大祓祭を重儀としておりますが、一般の神社では、とくに十二月など参拝者が多く訪れる元旦前日に行われることで、形骸化された祭事となっていることは残念でなりません。

 この大祓の儀式の際に読み上げられる言葉(ことば)が、『延喜式』のなかに載せられている大祓詞なのです。この大祓詞は、罪穢れ、悪事や災難を取り除く為の祓詞なのですが、我国で最も古い祓詞といわれています。

 平安朝の頃、京都の大内裏朱雀門の前で、親王以下百官男女を集めて中臣氏が大祓詞を読み上げ、忌部氏が祓いをする、と書物に記されています。

 この大祓詞の作者は不明とされていますが、古くから、中臣氏の祖先で、神話にも登場する天児屋根命の作ではないか、といわれています。紙面の都合上その内容については次の機会にゆずりますが、その文章は荘厳にして流麗、そして神秘さを感じさせる、まさに言霊の極致といっても過言ではないでしょう。声を出して奉唱することで、まさに身も心も洗われる思いがします。

 現在の大祓詞は、原形のそれに較べて多少の改竄と省略の箇所がありますが、太古の精神を脈々と息づかせ、いまに伝えております。

 すまい住居やお店など半年も放っておけば、ちり塵やほこり埃がたまってしまいます。 皆さんと一緒にこの大祓詞を奉唱し、この年の半歳(はんとし)間に、知らない間についてしまったかもしれない心の汚れや災いをはら祓い落して、清々しい心豊かな新しい半歳を迎えましょう。

(宗)天ノ岩座神宮 宮司 奈良 泰秀

祭祀(まつり)のかたち「磐座」と 心魂(たましい)の覚醒(めざめ)「岩笛」

(一)

 この頃、新旧とりまぜて、遺跡発掘と遺物発見のニュースをよく目にします。
 青森の三内丸山遺跡の存在は江戸時代から知られていましたが、本格的な発掘研究は、昭和二十年代に入ってからでした。そして、平成六年六月の発掘で、今までの縄文史観は大きく変えられました。
 既に農耕が行われ、編布を用い、首や腕、耳などに装身具をつけ、中国をも凌ぐ技術で作られた漆器が見つかった事は、本当に驚きでした。

 縄文時代は、一万年以上続いたと言われています。一万年以上という途方もない期間、同一文明が持続されていたという事は、一体なに故なのでしょうか。
 三内丸山では、四、五百人規模の人口を保ちながら、千五百年に亘って人々が定住していた事が、確認されています。きょう現在から過去へ千五百年遡ると、聖徳太子が生まれる前頃です。このように長い歳月、同じような環境と習慣が保たれ、生活が続けられて来たのは、どうしてなのでしょうか。驚くと同時に、現代に生きる我々には色々と考えさせられることがあります。

 当時の生活を伝える情報はこれからも発見されるでしょうが、人々が気候・風土と融合して一体となり大自然と共に生き、人と人とが協調する暮らしがあったことは想像できます。そこには、現在の私達の持ち得ない豊かな精神性が育まれていたことが、観てとれます。

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